[両親の家のキリスト]ジョン・エバレット・ミレイ


両親の家のキリスト
ジョン・エヴァレット・ミレー
テート・ギャラリー・ロンドン
1849ー1850年

Sir_John_Everett_. ISBN: 3936122202. Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=155675

作 品 概 要

大工であるイエスの父ヨセフの作業場での、ある日の出来事が描かれています。
聖書には記載のない内容ですが、ロセッティが”聖母マリアの少女時代”を発表したことに刺激を受けて、当時20歳のミレイがこれまで無かった表現と設定でキリストとその家族を描いた傑作です。
少年イエスはドアを作る作業中に釘を抜こうとし、手のひらを傷つけてしまいました。
ヨセフは傷の状態を確認し、マリアは息子を心配し隣に跪きほほを寄せています。

散りばめられたメッセージ

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ガブリエル
この、美しい作品の中には沢山のメッセージが込められています。
一つ一つ見ていきましょう。

傷ついた手のひら

手のひらを傷つけてしまった少年キリスト、その血が足にも落ちます。それは、イエスが十字架にかかられた際に釘を打たれた場所で、十字架の打ち傷と、復活後の傷跡の二つを暗示しています。また、ヨセフが傷を確認するためにイエスの手を広げていますが、その形が祝福を表す手の形になっています。

『ピエタ』を連想させる

母マリアは、心配し息子に寄り添い悲しみの表情を浮かべます。『ピエタ』を連想させ、この後の出来事を鑑賞者に思い起こさせます。
※十字架から降ろされたキリストを抱く母マリアの絵画

少年洗礼者ヨハネ

画面右の少年は、洗礼者ヨハネ(毛皮の衣を身に着けていますね)で傷口を洗うために水を運びます。のちに水のバプテスマ(洗礼)をイエスに授けることを暗示しています。

壁に掛けられた道具

中央の壁に掛けられた梯子は、十字架から降ろすときに用いられる梯子であり、同時にヤコブの梯子(天と地をつなぐ梯子)と言われ、一番上にとまっている鳩は聖霊を表しています。
そのほかの道具は、十字架を作るときに用いられる道具であると言われています。

聖書からのイメージ

作りかけのドア

キリストは自分自身を門に例えていますが、ドアはそのことを表しています。また、作りかけということはキリストが成長の途上にあることも示している可能性があります。

わたしは門です。だれでも、わたしを通って入るなら救われます。また出たり入ったりして、牧草を見つけます。盗人が来るのは、盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするためにほかなりません。わたしが来たのは、羊たちがいのちを得るため、それも豊かに得るためです。
ヨハネの福音書 109節~10

羊たち

外には羊の群れがあり、羊飼いであると自らを例えたキリストについていく人々を意味します。

たしは良い牧者です。良い牧者は羊たちのためにいのちを捨てます。
ヨハネの福音書 1011

画面左の植物は葦です。葦は、聖書の中で状況によって右左と揺れ動く人の心の弱さを例えています。また、受難の際のイエスを嘲弄する道具として使われ、十字架上のイエスに葡萄酒を差し出す際にも使われました。

それから彼らは茨で冠を編んでイエスの頭に置き、右手に葦の棒を持たせた。そしてイエスの前にひざまずき、「ユダヤ人の王様、万歳」と言って、からかった。
マタイの福音書 27 29

また、葦の棒でイエスの頭をたたき、唾をかけ、ひざまずいて拝んだ。
マルコの福音書 1519

すると一人が駆け寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて、葦の棒に付け、「待て。エリヤが降ろしに来るか見てみよう」と言って、イエスに飲ませようとした。
マルコの福音書
1536

添えられた言葉

作品を発表する際ミレイは『ゼカリヤ書13章6節』の聖書個所を添えました。

だれかが『あなたの両腕の間にある、この打ち傷は何か』と聞くなら、彼は『私の愛人たちの家で打たれたものだ』と言う。
ゼカリヤ書136

この聖書個所は当時の宗教的指導者の腐敗について書かれています。
次の節から羊飼いであるキリストが打たれ、羊が散らされる預言へと続きます。イエスはこの箇所を用いて、捕らえられる直前に自分が十字架にかけられ、弟子たちが一時的に散り散りになることを弟子たちに伝えます。

そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「あなたがたはみな、今夜わたしにつまずきます。『わたしは羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散らされる』と書いてあるからです。
しかしわたしは、よみがえった後、あなたがたより先にガリラヤへ行きます。」
マタイの福音書 2631〜32

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ガブリエル
恐らくミレイは偽物の愛と本物の愛、偽物の打ち傷と人を救うことのできる命がけの打ち傷を、対比させる目的で引用したのでしょう。
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グレース
画力的にも内容的にも20歳の青年が描いたとは思えない作品ですね。
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ガブリエル
発表当初この作品は、批評家たちに酷評されます。一つの新しい時代を切り開くために通らざるを得なかった、ミレイにとっての十字架だったのかもしれませんね。