最後の晩餐とはー聖書と絵画ー


バッハが新約聖書「マタイによる福音書」の26、27章のキリストの受難を題材に作曲した、マタイ受難曲 (Matthäus-Passion) と共にどうぞ。

最後の晩餐とは

絵画の主題によく出てくる「最後の晩餐」は受難週の木曜日、キリストが十字架に架けられる前日に弟子たちと共に過ぎ越しの食事をされた場面が描かれています。
前後の出来事について、聖書と絵画を追って見て行きましょう。

最後の晩餐 イエス・キリスト弟子の足を洗う


『弟子たちの足を洗うキリスト』
ジョバンニアゴスティーノダロディGiovanni Agostino da Lodi
アカデミア美術館(ベネツィア)1500年

ヨハネの福音書 13章 1〜15節

さて、過越の祭りの前のこと、イエスは、この世を去って父のみもとに行く、ご自分の時が来たことを知っておられた。そして、世にいるご自分の者たちを愛してきたイエスは、彼らを最後まで愛された。
夕食の間のこと、悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうという思いを入れていた。
イエスは、父が万物をご自分の手に委ねてくださったこと、またご自分が神から出て、神に帰ろうとしていることを知っておられた。
イエスは夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。
それから、たらいに水を入れて、弟子たちの足を洗い、腰にまとっていた手ぬぐいでふき始められた。
こうして、イエスがシモン・ペテロのところに来られると、ペテロはイエスに言った。「主よ、あなたが私の足を洗ってくださるのですか。」
イエスは彼に答えられた。「わたしがしていることは、今は分からなくても、後で分かるようになります。」
ペテロはイエスに言った。「決して私の足を洗わないでください。」イエスは答えられた。「わたしがあなたを洗わなければ、あなたはわたしと関係ないことになります。」
シモン・ペテロは言った。「主よ、足だけでなく、手も頭も洗ってください。」
イエスは彼に言われた。「水浴した者は、足以外は洗う必要がありません。全身がきよいのです。あなたがたはきよいのですが、皆がきよいわけではありません。」
イエスはご自分を裏切る者を知っておられた。それで、「皆がきよいわけではない」と言われたのである。
イエスは彼らの足を洗うと、上着を着て再び席に着き、彼らに言われた。「わたしがあなたがたに何をしたのか分かりますか。あなたがたはわたしを『先生』とか『主』とか呼んでいます。そう言うのは正しいことです。そのとおりなのですから。主であり、師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのであれば、あなたがたもまた、互いに足を洗い合わなければなりません。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、あなたがたに模範を示したのです。

最後の晩餐 過ぎ越しの食事をする

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『最後の晩餐』レオナルドダビンチLeonardo Da Vinci
サンタマリアデッレグラツィエ教会(ミラノ)1495年-1498年

ルカの福音書 22章 14〜20節

その時刻が来て、イエスは席に着かれ、使徒たちも一緒に座った。
イエスは彼らに言われた。「わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたと一緒にこの過越の食事をすることを、切に願っていました。
あなたがたに言います。過越が神の国において成就するまで、わたしが過越の食事をすることは、決してありません。」
そしてイエスは杯を取り、感謝の祈りをささげてから言われた。「これを取り、互いの間で分けて飲みなさい。あなたがたに言います。今から神の国が来る時まで、わたしがぶどうの実からできた物を飲むことは、決してありません。」
それからパンを取り、感謝の祈りをささげた後これを裂き、弟子たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられる、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい。」
食事の後、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による、新しい契約です。

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『最後の晩餐』Peter Paul Rubensルーベンス
ピナコテカディブレラ(ミラノ)1631-1632年

最後の晩餐 ユダの裏切りの予告

ヨハネによる福音書13章21節〜26節

イエスは、これらのことを話されたとき、心が騒いだ。そして証しされた。「まことに、まことに、あなたがたに言います。あなたがたのうちの一人が、わたしを裏切ります。」
弟子たちは、だれのことを言われたのか分からず当惑し、互いに顔を見合わせていた。
弟子の一人がイエスの胸のところで横になっていた。イエスが愛しておられた弟子である。
そこで、シモン・ペテロは彼に、だれのことを言われたのか尋ねるように合図した。
その弟子はイエスの胸元に寄りかかったまま、イエスに言った。「主よ、それはだれのことですか。」
イエスは答えられた。「わたしがパン切れを浸して与える者が、その人です。」それからイエスはパン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダに与えられた。

最後の晩餐 ユダが退席する

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『最後の晩餐』カール・ブロッホCarl Bloch
  19世紀 末

ヨハネによる福音書13章27節〜36節

ユダがパン切れを受け取ると、そのとき、サタンが彼に入った。すると、イエスは彼に言われた。「あなたがしようとしていることを、すぐしなさい。」
席に着いていた者で、なぜイエスがユダにそう言われたのか、分かった者はだれもいなかった。
ある者たちは、ユダが金入れを持っていたので、「祭りのために必要な物を買いなさい」とか、貧しい人々に何か施しをするようにとか、イエスが言われたのだと思っていた。
ユダはパン切れを受けると、すぐに出て行った。時は夜であった。
ユダが出て行ったとき、イエスは言われた。「今、人の子は栄光を受け、神も人の子によって栄光をお受けになりました。神が、人の子によって栄光をお受けになったのなら、神も、ご自分で人の子に栄光を与えてくださいます。しかも、すぐに与えてくださいます。子どもたちよ、わたしはもう少しの間あなたがたとともにいます。あなたがたはわたしを捜すことになります。ユダヤ人たちに言ったように、今あなたがたにも言います。わたしが行くところに、あなたがたは来ることができません。
わたしはあなたがたに新しい戒めを与えます。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるようになります。」
シモン・ペテロがイエスに言った。「主よ、どこにおいでになるのですか。」イエスは答えられた。「わたしが行くところに、あなたは今ついて来ることができません。しかし後にはついて来ます。」

最後の晩餐 互いに愛し合いなさい

ヨハネの福音書 13章 34〜35節

わたしはあなたがたに新しい戒めを与えます。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるようになります。」”

最後の晩餐 ゲッセマネの園

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『天使に慰められるイエス』カール・ハインリッヒ・ブロッホCarl Bloch
国立歴史博物館(デンマーク)1873年

ルカの福音書 22章 39〜44節

それからイエスは出て行き、いつものようにオリーブ山に行かれた。弟子たちもイエスに従った。
いつもの場所に来ると、イエスは彼らに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい」と言われた。
そして、ご自分は弟子たちから離れて、石を投げて届くほどのところに行き、ひざまずいて祈られた。「父よ、みこころなら、この杯をわたしから取り去ってください。しかし、わたしの願いではなく、みこころがなりますように。」〔すると、御使いが天から現れて、イエスを力づけた。イエスは苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。〕

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『ゲッセマネの園の苦しみ』ドゥッチョDuccio di Buoninsegna
ドゥオーモ美術館(シエナ)1308-1311

マタイ26:40-46

それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らが眠っているのを見、ペテロに言われた。「あなたがたはこのように、一時間でも、わたしとともに目を覚ましていられなかったのですか。誘惑に陥らないように、目を覚まして祈っていなさい。霊は燃えていても肉は弱いのです。」
イエスは再び二度目に離れて行って、「わが父よ。わたしが飲まなければこの杯が過ぎ去らないのであれば、あなたのみこころがなりますように」と祈られた。
イエスが再び戻ってご覧になると、弟子たちは眠っていた。まぶたが重くなっていたのである。
イエスは、彼らを残して再び離れて行き、もう一度同じことばで三度目の祈りをされた。
それから、イエスは弟子たちのところに来て言われた。「まだ眠って休んでいるのですか。見なさい。時が来ました。人の子は罪人たちの手に渡されます。立ちなさい。さあ、行こう。見なさい。わたしを裏切る者が近くに来ています。」
blank『ゲッセマネの園』ボッティチェリBotticelli
グラナダ大聖堂(スペイン)1500年頃

最後の晩餐 キリストの捕縛

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『キリストの捕縛』ヴァンダイク Van Dyck
プラド美術館(マドリード)17世紀前半

マタイ26:47-48

イエスがまだ話しておられるうちに、見よ、十二人の一人のユダがやって来た。祭司長たちや民の長老たちから差し向けられ、剣や棒を手にした大勢の群衆も一緒であった。
イエスを裏切ろうとしていた者は彼らと合図を決め、「私が口づけをするのが、その人だ。その人を捕まえるのだ」と言っておいた。

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『ユダの接吻』ジョットGiotto
スクロヴェーニ礼拝堂(パドバ)1304-1306年

マタイ26:49-50

それで彼はすぐにイエスに近づき、「先生、こんばんは」と言って口づけした。
イエスは彼に「友よ、あなたがしようとしていることをしなさい」と言われた。そのとき人々は近寄り、イエスに手をかけて捕らえた。

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『キリストの捕縛』カラヴァッジョCaravaggio
アイルランド国立美術館 1602年

ルカの福音書 22章48節

イエスは彼に言われた。「ユダ、あなたは口づけで人の子を裏切るのか。」

最後の晩餐 剣をとるものは

blank『キリストの捕縛』フラアンジェリコFra Angelico
サンマルコ美術館(フィレンツェ)1437-1446年頃

マタイ26:51-56節

すると、イエスと一緒にいた者たちの一人が、見よ、手を伸ばして剣を抜き、大祭司のしもべに切りかかり、その耳を切り落とした。
そのとき、イエスは彼に言われた。「剣をもとに収めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます。
それとも、わたしが父にお願いして、十二軍団よりも多くの御使いを、今すぐわたしの配下に置いていただくことが、できないと思うのですか。
しかし、それでは、こうならなければならないと書いてある聖書が、どのようにして成就するのでしょう。」また、そのとき群衆に言われた。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってわたしを捕らえに来たのですか。わたしは毎日、宮で座って教えていたのに、あなたがたはわたしを捕らえませんでした。しかし、このすべてのことが起こったのは、預言者たちの書が成就するためです。」そのとき、弟子たちはみなイエスを見捨てて逃げてしまった。

※聖書箇所はすべて新改訳2017を使用しています。

最後の晩餐 一日の出来事まとめ

①キリストが使徒たちの足を洗う
②最後の晩餐
③ユダの裏切りの予告と退席
④互いに愛し合う事についての教えを説かれる
⑤キリスト、ゲッセマネの園での苦しみの祈りの後、十字架の死を受け取る覚悟をする
⑥ユダの接吻を合図にキリストは捕縛される。

映画「ナザレのイエス」の最後の晩餐