東方三博士の礼拝 Adoration of the magi

東方三博士の礼拝

ユダヤ人の王となる方が生まれたことをを星の様子から悟り、博士たちが遠方から旅をしてエルサレムにやってきます。その後、聖家族がナザレに住むようになるまでを順を追い、聖書と名画と共に見ていきましょう。

東方三博士の礼拝 エルサレムへ

マタイの福音書2章1-2節

イエスがヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東の方から博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。

三博士
ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちはその方の星が昇るのを見たので、礼拝するために来ました。


『ヘロデの王宮の賢者』
ジェームス・ティソ James Tissot
ブルックリン美術館 1886-1894年

ガブリエル
博士たちはキリストが誕生したことを知らせる星を見て、遠くから旅をして礼拝しに来ました。高い教育を受けた貴族で、自然科学、医学、天体の研究が専門だったと言われています。

東方三博士の礼拝 動揺するヘロデ

マタイの福音書2章3-8節

これを聞いてヘロデ王は動揺した。エルサレム中の人々も王と同じであった。王は民の祭司長たち、律法学者たちをみな集め、キリストはどこで生まれるのかと問いただした。
彼らは王に言った。

三博士
ユダヤのベツレヘムです。預言者によってこう書かれています。
『ユダの地、ベツレヘムよ、あなたはユダを治める者たちの中で決して一番小さくはない。あなたから治める者が出て、わたしの民イスラエルを牧するからである。』

そこでヘロデは博士たちをひそかに呼んで、彼らから、星が現れた時期について詳しく聞いた。
そして、

ヘロデ
行って幼子について詳しく調べ、見つけたら知らせてもらいたい。私も行って拝むから。
と言って、彼らをベツレヘムに送り出した。


Public Domain,https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1043236
『ヘロデの前の東方三博士』
作者不明

クリュニー美術館(フランス)
15世紀初頭

ガブリエル
ユダヤ人の王が生まれたと聞いたヘロデは、大変恐れます。ローマの支配の中にあったユダヤの人々は聖書に記されているように、いつか自分たちの本当の王がやってくると信じていたためです。また、政治的な指導者としての王を想像していたので、政権が変わることに伴う混乱も予測したのでしょう。
ヒカリ
ヘロデ王は本当にイエス様に会いたかったわけじゃないんだね。。。

博士の礼拝 博士たちの喜び

マタイの福音書2章9-11節

博士たちは、王の言ったことを聞いて出て行った。すると見よ。かつて昇るのを見たあの星が、彼らの先に立って進み、ついに幼子のいるところまで来て、その上にとどまった。

その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。

それから家に入り、母マリアとともにいる幼子を見、ひれ伏して礼拝した。そして宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。


By Abraham Bloemaert – NwF4IhKB6EBxaA, Public Domain
『東方三博士の礼拝』
アブラハム・ブローマート
中央博物館(オランダ)
1624年

ガブリエル
博士たちがキリストを見つけた時、生後40日から2歳だったと言われています。彼らは将来の王にふさわしい、高価な贈り物をします。聖書の研究者たちによると、黄金は王への贈り物、乳香は神への贈り物、没薬は埋葬するときに使われた香辛料というように、キリストがどのようなお方であるかが表わされているようです。

東方三博士の礼拝 夢でのお告げ

マタイの福音書2章12-13節

彼らは夢で、ヘロデのところへ戻らないようにと警告されたので、別の道から自分の国に帰って行った。

彼らが帰って行くと、見よ、主の使いが夢でヨセフに現れて言った。

天使
立って幼子とその母を連れてエジプトへ逃げなさい。そして、私が知らせるまで、そこにいなさい。ヘロデがこの幼子を捜し出して殺そうとしています。


『ヨセフの夢』
ダニエレ・クリスピ
Daniele Crespi

美術史博物館(ウィーン)
1620-1630年頃

東方三博士の礼拝 エジプトへの逃避

マタイの福音書2章14-15節

そこでヨセフは立って、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトに逃れ、ヘロデが死ぬまでそこにいた。これは、主が預言者を通して、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と語られたことが成就するためであった。


『エジプトへの逃避』
ジェンティーレ・ディ・
ファブリアーノ
Gentile da Fabriano
ウフィツィ美術館
1423年

東方三博士の礼拝 ヘロデの怒り

マタイの福音書2章16-18節

ヘロデは、博士たちに欺かれたことが分かると激しく怒った。そして人を遣わし、博士たちから詳しく聞いていた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯の二歳以下の男の子をみな殺させた。

そのとき、預言者エレミヤを通して語られたことが成就した。
「ラマで声が聞こえる。むせび泣きと嘆きが。ラケルが泣いている。その子らのゆえに。慰めを拒んでいる。子らがもういないからだ。」

Hunt, William Holman; The Triumph of the Innocents; Walker Art Gallery

『幼子の勝利』
ウィリアムホルマンハント
ウォーカー・アート・ギャラリー
(リバプール)
1883年〜1884年
この作品はヘロデから逃れてエジプトへ向かうキリストの家族と一緒に、ヘロデの嬰児虐殺によって亡くなった子供たちが描かれています。聖書に記載されている内容ではないのですが、1870年代に聖地を訪れたハントは、この主題を描き始めました。当初、聖家族だけを描こうとしていたようですが、後に理由なく殺害された子供たちを追加することにしました。永遠の水の川を象徴しようとした、水の中のような表現の中に漂う子供たちは、手に花を持ったり、頭に花輪が飾られて、キリストと共に天国で平安に過ごしていることを表現したかったのでしょう。

東方三博士の礼拝 ナザレへの移動

マタイの福音書2章19-23節

ヘロデが死ぬと、見よ、主の使いが夢で、エジプトにいるヨセフに現れて言った。

天使
立って幼子とその母を連れてイスラエルの地に行きなさい。幼子のいのちを狙っていた者たちは死にました。
そこで、ヨセフは立って幼子とその母を連れてイスラエルの地に入った。しかし、アルケラオが父ヘロデに代わってユダヤを治めていると聞いたので、そこに行くのを恐れた。
さらに、夢で警告を受けたので、ガリラヤ地方に退いた。そして、ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちを通して「彼はナザレ人と呼ばれる」と語られたことが成就するためであった。

東方三博士の礼拝 聖家族の道のり

マタイによる福音書の内容から


1.ヨセフへの告知:ベツレヘム
2.イエスの誕生:ベツレヘム
3.ヘロデ王の巡礼:エルサレム
4.東方三博士の礼拝ベツレヘム
5.ヨセフ、マリアおよびイエスのエジプトへの逃避
6.ヘロデ嬰児を虐殺する:ベツレヘム
7.ヘロデの死(紀元前4年)(マタイは彼の死の場所については触れていませんが、歴史の中ではヘロデはエリコの冬の宮殿で亡くなったとされています。)
8.ヨセフ、マリアおよびイエスはイスラエルに戻る
9.ヨセフ、マリア、イエスはナザレに転居。

国境は、紀元前4年のヘロデ王の死の前の状況を反映しています。

ヒカリ
それぞれ、かなり長い道のりだったんだね。

東方三博士の礼拝 音楽

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画像出典:Wikimedia Commons
※聖書箇所はすべて新改訳2017を使用しています。