洗礼者ヨハネとは?聖書と『レオナルドダビンチ』『ピエロ・デラ・フランチェスカ』etc.の名画と共に

洗礼者ヨハネとは?

ガブリエル
前回は洗礼者ヨハネの誕生と、その両親にまつわるエピソードを紹介しました。
今回は、『洗礼者ヨハネの説教・荒野での生活』と『キリストの洗礼』の名画を紹介しつつ、描かれた内容をまとめました。成長した洗礼者ヨハネはどのような人物になったのでしょうか。その魅力についてお伝えいたします。

聖書には以下のように記されています。

ルカの福音書 3章1節 〜3節

皇帝ティベリウスの治世の第十五年、ポンティオ・ピラトがユダヤの総督であり、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟ピリポがイトラヤとトラコニテ地方の領主、リサニアがアビレネの領主、アンナスとカヤパが大祭司であったころ、神のことばが、荒野でザカリヤの子ヨハネに臨んだ。ヨハネはヨルダン川周辺のすべての地域に行って、罪の赦しに導く悔い改めのバプテスマを宣べ伝えた。

※紀元27~29年頃

マタイの福音書3章2節~3節

洗礼者ヨハネ
悔い改めなさい。天の御国が近づいたから
と言った。この人は、預言者イザヤによって「荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意せよ。主の通られる道をまっすぐにせよ』」と言われた人である。このヨハネはらくだの毛の衣をまとい、腰には革の帯を締め、その食べ物はいなごと野蜜であった。


荒野で説教する洗礼者ヨハネ

アントン・ラファエル 

Anton Raphael
ヒューストン美術館(テキサス) 1760年代
Anton_Raphael_Mengs_-_St._John_the_Baptist_Preaching

ヒカリ
らくだの毛の衣を着て、食べ物はいなごと野蜜って。。。😲
かなり個性的な大人に成長したんですね。
ガブリエル
洗礼者ヨハネは、イエス様が来られるために道を備えた人物です。ただ、神様に導かれて荒野に行き、生活を可能な限りシンプルにして神様の言葉を聴くことに集中する特別な訓練を受けました。この時代の中で何の地位もありませんでしたが、そのように日々親しく神様と共に生きた人の語る言葉には力強さがあり、結果として沢山の人々が彼のもとへと集まり、洗礼を受けました。

洗礼者ヨハネとは 集まる人々

マタイによる福音書3章5節~6節

そのころ、エルサレム、ユダヤ全土、ヨルダン川周辺のすべての地域から、人々がヨハネのもとにやって来て、自分の罪を告白し、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けていた。


バプテスマのヨハネの説教
ピーター・ブリューゲル
Brueghel l’Ancien-LaPrédicationde

ブタペスト美術館 1566年

グレース
ヨハネのもとに、続々と人が集まってきていますね。
様々な職業の人たち、男性も女性も子供も。。。。
人ごみの中でもヨハネの姿を何とかしてみようと、木の上に登っている人たちも描かれています。

洗礼者ヨハネとは 悔い改めを迫る

ルカの福音書3章7節~9節

ヨハネは、彼からバプテスマを受けようとして出て来た群衆に言った。

洗礼者ヨハネ
まむしの子孫たち。だれが、迫り来る怒りを逃れるようにと教えたのか。
それなら、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。

『われわれの父はアブラハムだ』という考えを起こしてはいけません。言っておきますが、神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子らを起こすことができるのです。

斧もすでに木の根元に置かれています。だから、良い実を結ばない木はすべて切り倒されて、火に投げ込まれます。


洗礼者ヨハネの説教
マティア・プレティ Mattia Preti
サンフランシスコ美術館 1665年頃

ヒカリ
まむしの子孫ですか。。。かなり厳しい言葉ですね💧
ガブリエル
アダムとエバが神様の言葉に背いた時以来、人の中に根深い罪の性質が存在するようになり、まむしのように罪の毒によって、自分も互いも毒し合うようになってしまいましたこの状態を指して「まむしの子孫たち。」とヨハネは呼び掛けています。そして、その毒をそのままにしておくと罪の結果を必ず刈り取ることになるという事を、歯に衣着せずにハッキリと伝えています。それだけ、真剣に相手のことを思い、何とかしたいという同胞への強い愛情から出た言葉でした。

洗礼者ヨハネとは 分け与えることについて

ルカの福音書3章10節~14節

群衆はヨハネに尋ねた。

人々
それでは、私たちはどうすればよいのでしょうか。
ヨハネは答えた。
洗礼者ヨハネ
下着を二枚持っている人は、持っていない人に分けてあげなさい。食べ物を持っている人も同じようにしなさい。

取税人たちもバプテスマを受けにやって来て、ヨハネに言った。
人々
先生、私たちはどうすればよいのでしょうか。

ヨハネは彼らに言った。
洗礼者ヨハネ
決められた以上には、何も取り立ててはいけません。

兵士たちもヨハネに尋ねた。
人々
この私たちはどうすればよいのでしょうか。
ヨハネは言った。

洗礼者ヨハネ
だれからも、金を力ずくで奪ったり脅し取ったりしてはいけません。自分の給料で満足しなさい。

洗礼者ヨハネとは キリストを指し示す

ルカの福音書3章15節~16節

人々はキリストを待ち望んでいたので、みなヨハネのことを、もしかするとこの方がキリストではないか、と心の中で考えていた。そこでヨハネは皆に向かって言った。

洗礼者ヨハネ
私は水であなたがたにバプテスマを授けています。しかし、私よりも力のある方が来られます。私はその方の履き物のひもを解く資格もありません。その方は聖霊と火で、あなたがたにバプテスマを授けられます。


洗礼者ヨハネ
レオナルド・ダ・ビンチ
ルーブル美術館 1514年

ガブリエル
美しく微笑む中性的な青年。。。レオナルド・ダビンチの洗礼者ヨハネは天を指さし、木で作られた長い十字架を手に持っています。ヨハネの語る力強く愛情深い悔い改めの言葉に沢山の人々が集められますが、人々を決して自分のほうへ引き寄せることなく、あくまでも救い主が来る前に、人々を悔い改めに導き心を真っすぐに整えるのが自分の役割であることを伝えつづけます。

”履き物のひもを解く”仕事は当時の奴隷の役目でしたが、その値打ちもないと思える程に後に来られるキリストは偉大で力ある方という意味です。

洗礼者ヨハネとは 神の子羊キリスト

ヨハネの福音書1章29節

ヨハネは自分の方にイエスが来られるのを見て言った。

洗礼者ヨハネ
見よ、世の罪を取り除く神の子羊。 『私の後に一人の人が来られます。その方は私にまさる方です。私より先におられたからです』と私が言ったのは、この方のことです。


洗礼者ヨハネ
ファンデ・フアネス 

Vicente Juan Masip

Joan J. Gavara Collection(バレンシア)
1560年頃

ガブリエル
作品の中の洗礼者ヨハネは、頭に十字架のある光輪を伴った羊を指さしています。聖書の中で世の罪を取り除く子羊としてキリストが表現されているのですが、”その方を指し示す役割がヨハネにはある”ということが表されています。


荒野の洗礼者ヨハネ
ヘールトヘン・トット・シント・ヤンス
ベルリン国立美術館
1490年頃

何かを思いめぐらしているような表情の、内省的な洗礼者ヨハネが描かれています。
背景には豊かな木々と水があり、遠くに行くにつれ青みががかった中に消えていく景色は、
北方ルネッサンスらしい表現で空に舞う鳥たちが、遠くへ飛んでいく様子が見る者の目線を遠くへ遠くへと運んでいきます。

洗礼者ヨハネとは キリストの洗礼

マタイ3章13節~17節

そのころ、イエスはガリラヤからヨルダン川のヨハネのもとに来られた。彼からバプテスマを受けるためであった。
しかし、ヨハネはそうさせまいとして言った。

洗礼者ヨハネ
私こそ、あなたからバプテスマを受ける必要があるのに、あなたが私のところにおいでになったのですか。
しかし、イエスは答えられた。
イエス
今はそうさせてほしい。このようにして正しいことをすべて実現することが、わたしたちにはふさわしいのです。
そこでヨハネは言われたとおりにした。イエスはバプテスマを受けて、すぐに水から上がられた。すると見よ、天が開け、神の御霊が鳩のようにご自分の上に降って来られるのをご覧になった。

そして、見よ、天から声があり、こう告げた。

父なる神
これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。

洗礼者ヨハネとは キリストの洗礼の名画① 

ピエロ・デラ・フランチェスカの作品


キリストの洗礼
ピエロ・デラ・フランチェスカ
Piero della Francesca
ロンドン国立美術館 1440-1450年
時が止まったかのような、静かで美しい作品です。
抜けるように青い空の下、キリストは穏やかな表情でヨハネから洗礼を受けます。
緑豊かな木は救い主の到来とともに再生する生命を表し、乾いた木は、そうではなかった場合の状態を表していると言われています。
絵の中央に置かれたキリストは、世界の中心を具体化しています。
右側に洗礼準備のため着替えをしている人が描かれていますが、服を脱ぐという行為は古い自分を脱ぎ捨てて、新しい人生を迎え入れるということを表しています。

洗礼者ヨハネとは キリストの洗礼の名画② 

レオナルド・ダ・ビンチ、アンドレア・ベロッキオの作品


キリストの洗礼
Andrea del Verrocchio,Leonardo da Vinci

アンドレア・ベロッキオ、レオナルド・ダ・ビンチ
ウフィツィ美術館 1475年頃
Andrea_del_Verrocchio%2C_Leonardo_da_Vinci_-_Baptism_of_Christ_-_Uffizi.jpg

レオナルド・ダビンチの師であるヴェロッキオとその弟子たちによって描かれた作品で、左側の天使はレオナルドによるものです。
ヴェロッキオはキリストと洗礼者ヨハネを部分的に描き、天使の右側は、青年だったボッティチェリが担当したと言われています。
レオナルドの描いた天使は、肌の表現が自然で、髪の毛は柔らかく風になびくように描かれています。ジョルジョ・ヴァザーリの「美術家列伝」によると、弟子であるレオナルドの技量があまりに優れていたため、この作品を制作したあとベロッキオは二度と絵画を描かなくなったと言われています。

洗礼者ヨハネとは キリストの洗礼の名画③

ジョバンニ・ベリーニの作品


キリストの洗礼

ジョバンニ・ベリーニ Bellini
ヴィチェンツァ・サンタコロナ教会
1500-1502年

天国と地上の二つの世界が一つの画面に描かれています。上部中央に描かれた”父なる神”の姿から、鳩として表現された聖霊を通り、洗礼者ヨハネの手にする器、キリストへと作品の中心を貫く構図になっています。
ヨハネが証ししたイエスこそ救い主であるという言葉を、この三位一体の神の連なりのなかで表現しようとしたのでしょう。

洗礼者ヨハネⅡまとめ

  1. 洗礼者ヨハネは荒野に暮らしていた。
  2. らくだの毛の衣をまとい、腰には革の帯を締め、その食べ物はいなごと野蜜であった。
  3. 悔い改めるためのメッセージを語り、洗礼を授けていた。
  4. 人々は洗礼者ヨハネの人柄に触れ、救い主と勘違いするがキリストを指し示すという自分の役割を守り続けた。
  5. ヨハネがキリストに洗礼を授けた時、「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。と天から声があった

洗礼者ヨハネとは キリストの洗礼の映像①

JESUS, (English), The Baptism of Jesus by John

洗礼者ヨハネとは キリストの洗礼の映像②

BibleProjectより

出典:Wikimedia Commons
※聖書箇所はすべて新改訳2017を使用しています。